アクセスジャーナル記者 山岡俊介の取材メモ

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対「ポスト加計」疑惑=国際医療福祉大訴訟、成田市の医学部誘致担当者の証人尋問が決定。高木理事長も追加証人の可能性

 本紙既報のように、本紙と本紙・編集長の山岡個人は、「国際医療福祉大学」(栃木県太田原市)と高木邦格理事長(冒頭右写真)に提訴され、現在も訴訟が続いている。
この訴訟、2つの記事が名誉毀損に当たるとして、総額5670万円の損害賠償と謝罪広告掲載を求められているものだが、その一方の記事は、安倍首相に関して未だ重大な疑惑が燻っている「加計学園」問題と同じく、安倍首相をトップに頂く内閣府国家戦略特別区域を使い、国際医療福祉大学の医学部(冒頭左写真)新設が千葉県成田市に実に33年ぶりに例外的に認められた(加計における獣医学部同様、日本医師会も医者が余るので医学部新設は必要ないと反対していた)もので、したがって本紙は「ポスト加計」とのタイトルを付け、その旨の簡単な記事を書いていた
当時、民主党(当時)も加計学園と同じ構造の疑惑があると見て調査するとしていたし、一部大手マスコミでも取り上げられていたのだが、なぜか本紙と山岡個人だけが、国際医療福祉大学だけでなく、高木理事長個人からも訴えられ、本紙側としてはスラップ(SLAPP。嫌がらせ)訴訟との認識だ。
こうしたなか、1月18日の裁判で、3月20日、本紙側が要求していた成田市の高橋康久・市役所議会事務局局長の証人尋問も行うことが決まった(本紙・山岡も含め3人。午後1時30分から4時過ぎまで)。(横写真=国際医療福祉大医学部の初めての入学式で、安倍首相のビデオメッセージが流れた)
また、大学側は高木理事長の証人尋問は執拗に必要ないと主張しているが、裁判所は高橋氏の証人尋問の結果などを見て判断するとした。
本紙は、このことは画期的と思っている。
なぜなら、高橋氏は2010年4月から13年3月まで市企画政策課で大学誘致を担当しており、その間に不可解としか思えない密な接触が市側と大学側であったからだ。
まず、以下の時系列を見ていただきたい(これは公文書開示などで裏づけがハッキリしている)。

(2012年2月7日)
高木理事長が医学部設置候補地(実際に建ったところとは別)を市側の案内で視察。小泉一成市長ら市側6名と高木理事長ら大学側5名が会食。
(同年5月15日)
小泉一成市長ら市側6名と高木理事長ら大学側5名が会食。
(同年11月6日)
高木理事長が医学部が実際に新設された成田市公津の杜4丁目の現地を市側の案内で視察。
(同年11月21日)
関根賢次副市長ら市側4名と大学側3名が会食
(同年12月21日)
市側と日本赤十字社(大塚義治副社長ら)側と高木理事長ら大学側6名とが話合い。
2013年1月8日
関根賢次副市長ら市側2名と大学側4名が会食。
(同年4月4日)
関根賢次副市長ら市側5名と大学側4名が会食。
(同年8月20日)

周知のように、成田市が特区に指定されたのは14年5月。その時もまだ医学部設置は決まっておらず、14年12月に特区成田分科会が設けられ、そこで審議されようやく医学部設置が決まったのが15年11月。
そして、加計学園の獣医学部同様、ようやく公募がされ、しかし応募は国際医療福祉大学しかなくようやく決まったのだ(公募期間も加計同様わずか8日間)。しかも応募から大学開設までわずか1年半後というタイトな条件も加計と同じだった。
 ところが、成田市が特区に指定された14年5月から見ても、上記時系列のように、2年以上前から両者は密に接触。しかも、具体的な医学部の建つ土地まで高木理事長自らが視察していたわけだ(その土地は当時は市有地ではなく、市が後の15年9月に買い上げ大学側に提供=上写真はその謄本)。おまけに前述の会食代はすべて市が負担したこともわかっている。
そして、この時期の大半、大学誘致を担当していたのが証人尋問が決まった高橋氏なのだ。
そこで本紙側としては、高橋氏の証人尋問でこの不可解さを追及できれば、高木理事長の証人尋問も実現すると思っている。
証人尋問の日が近づいたら再度、詳細な時間や法廷番号など案内する。是非、傍聴いただきたい。

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