アクセスジャーナル記者 山岡俊介の取材メモ

内部・外部告発、情報求む!

(弁護士などのプロが調査。ただし、公益性あるケースに限る)

<復活!!>『田沢竜次の昭和カルチャー甦り』第179回「テレビ雑誌の黄金時代」

筆者・田沢竜次(フリーライター)。1953年東京生まれ。編集プロダクション勤務などを経て1983年からフリー。85年『月刊angle』連載を基に『東京グルメ通信・B級グルメの逆襲』(主婦と生活社)を書き下ろし、また文春文庫の「B級グルメ」シリーズでも活躍。B級グルメライターとして取材・執筆を続け今日にいたる。一方、大学の映画サークルで自主上映するほど映画にも精通。著書に「B級グルメ大当りガイド」「ニッポン映画戦後50年」など。

 こないだラジオを聴いていたら、「今日は『週刊TVガイド』が創刊された日で、今年で64周年になる」と、創刊当時の話をしていた。実は編集・校正プロダクションで働いていた1980年から81年の頃、『週刊TVガイド』の出張校正の仕事も請け負っていた。毎週火曜の夕方から編集部のある東京ニュース通信社(築地の朝日新聞社の隣)に行って、水曜と木曜は午後から市ヶ谷の大日本印刷の出張校正室に行って、複数の校正者が刷り上がったゲラの校正を手早くやる。このサイクルを1年近く続けたので、ふだんはほとんど読まないこの雑誌に愛情!を感じてしまった。
 それまでは年末年始の特別号だけは買う雑誌だったのだ。なぜ買うのかというと、特に70年代は年末年始になるとテレビ放映の映画が一気に増えるので、2週間分の番組スケジュールを見ながら印をつけるのが無常の楽しみだったわけ。70年代は何かと印をつける時代だ。『ぴあ』や『シティロード』で映画や芝居のスケジュール表に印をつけ、『週刊FM』や『FMファン』でラジカセに収録するために印をつける。
テレビ雑誌といえば、1980年代に入ると、ライバル雑誌が次々に創刊。そんななかでダイヤモンド社の『TVステーション』でテレビ放映の映画の解説記事を書くことになった(87年~97年)。この頃はまだ21時からのゴールデンタイムで洋画劇場もいくつもあって、3人のライターが解説とストーリーを担当するのだが、結構大変だったのだ。

この続きを読むには有料購読の登録が必要です。

Already a member? こちらからログイン
関連キーワード
検索

カテゴリ一覧