筆者・田沢竜次(フリーライター)。1953年東京生まれ。編集プロダクション勤務などを経て1983年からフリー。85年『月刊angle』連載を基に『東京グルメ通信・B級グルメの逆襲』(主婦と生活社)を書き下ろし、また文春文庫の「B級グルメ」シリーズでも活躍。B級グルメライターとして取材・執筆を続け今日にいたる。一方、大学の映画サークルで自主上映するほど映画にも精通。著書に「B級グルメ大当りガイド」「ニッポン映画戦後50年」など。
話題の『TOKYOタクシー』を観てきた。山田洋次監督94歳! 倍賞千恵子85歳! 二人の絆は60年以上に及ぶ。そこで女優・倍賞千恵子のクロニクル(特に1960年代)を追ってみた。一般的には『男はつらいよ』の妹さくらのイメージがおなじみだが、『TOKYOタクシー』でも最初に迎車のタクシーに乗り込むシーンは、柴又帝釈天である。ならば主人公は80代になったさくらかと思ったら、名前はすみれで、ツンケンした高飛車なオババなところが面白い。すみれは葉山の老人ホームに入るためにタクシーを呼ぶのだが、その前に東京のあちこちを見て回りたいと、育った曳舟あたりに寄ってもらう。
この地は倍賞の映画デビュー作となった『下町の太陽』(63年)の舞台だ。この映画は3回くらい観たが、これが60年代の東京風景や流行、価値観を語る上で好適な作品で、まだ若手の監督だった山田洋次の人間観・思想がよく分かる。
主人公は下町の石鹸工場の従業員。ホワイトカラーで出世を目指す彼氏がいる。彼は出世したらこんなスモッグだらけの下町を抜け出し、山の手の団地で暮らそうと言う。しかし、彼女は彼の本質を知って、別件で知り合った町工場のブルーカラーの青年を選ぶ。この選択肢はまさに『男はつらいよ』のさくらと同じだよ。さくらもOL(いまは死語か)で見合いの席を寅次郎にぶちこわされ、とらやの裏手の印刷工場の青年と結ばれる。どちらも山田洋次好みのキャラ、真っ当な青年労働者だ。



