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元「フライデー」名物記者・新藤厚(右翼)の続・貧困記 第10回「小満」

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新藤厚 1951年生まれ(73歳)
1971年 週刊誌記者
79年~84年 テレビレポーター (テレビ朝日・TBS)
84年~99年 「フライデー」記者
99年~2008年 信州で民宿経営
2013年より生活保護開始(24年後半より脱出)

山でも里でも、昨日の瑞々しい新緑があっという間に猛々しい濃い緑に変わっている。
あらゆる万物生命が天地に満ちはじめるという小満の候である。なぜか信州では「こまん」と詠む地域もある。
山では春蝉がジージーと盛んに鳴いている。
田植えの最盛期を迎えた水田では蛙がうるさく鳴きはじめた。
文字どおり「蛙鳴蝉噪」という騒々しさがこの長閑な田園の初夏である。
いつもの温泉に日中顔を出す老人の姿が、急に少なくなった。
年寄りの労働力も貴重な戦力になるのが農繁期である。
無為徒食の隠居老人は、ひとり温泉につかって田植えの季節を知るのである。
季節はうつろい、見れば麦畑は茶色い穂をつける麦秋である。水田とのコントラストが美しい。
このところ梅雨の走りのような、ぐずついた日もつづいた。
零雨、糸雨、涙雨と名前にも情緒がある。袖傘雨なんて色っぽい。
そういえば一茶にこんな句があった。
「えいやつと来て姨捨の雨見哉」
北信濃の柏原村から月見の名所に2日も歩いて来てみれば、姨捨は雨だったという落胆である。
月見だから秋の長雨だったのかもしれない。
はやいもので「終の棲家」更科の地に転籍して、もう半年が過ぎた。

小糠雨の上がった午後。
ふらりとプアハウスを出て、日本遺産の姨捨棚田までとぼとぼと歩いていった。
1時間弱ほどの距離だが、標高が100メートルほど上がるので、だらだら坂を登っていく。いい運動になる。
ちいさな棚田の何枚かでは田植えの最中だった。
曇天の下、1枚3万円でオーナーになった都会の住民が、ボランティアの若者たちと小さな田植え機を押している。
薄い緑の水鏡になった棚田は、空を映し眠りから醒めたように新たな季節の情感をたたえていた。
江戸のむかしから都に聞こえた「田毎の月」は、田んぼが水鏡になるいまだけの情景である。
くねくねとしたあぜ道をゆっくりと下って、八幡の宮に参拝してアパートへ帰る。
わがお気に入りのファンタスティックな散歩道である。
「行春やゆるむ鼻緒の日和下駄」(荷風)という気分である。よい気保養である。

帰り道の途中、北国西往還(善光寺みち)の稲荷山の商家の街並みをぬける。
「重要伝統的建造物群保存地区」に指定された築後200年近い家屋の点在する古い町並みである。
全国に約130ある保存地区というと木曽の妻籠宿、馬籠宿や会津の大内宿など有名観光地を思いだす人も多い。
むかしの街道筋に時代を超えてのこる、ノスタルジックな街並みを連想する。
そのなかで稲荷山の商家街の保存状態は、恐らく最低最悪のレベルである。
壁の厚さが30センチ近くあるという見事な土蔵建築がぽつんぽつんと歯抜けで建っている。
黒い大屋根、うだつ、総塗籠の白い漆喰、軒蛇腹、なまこ壁、アクセントの折釘という重量感のある堂々たる耐火構造物である。
江戸末期、善光寺地震の大火で焼失した宿場が防火建築で再建され繭、絹織物などの商いで繁盛したという。
かっては街道随一の繁栄を誇ったという。
ところがいま、古い商家のほとんどが空き家になっている。手入れはほとんどされていない。
かつての住人は、便のいい地区に家を建てて引っ越してしまった。
間にプレハブ住宅も建って、街並みの統一感は失われている。
土蔵の家は傾き、漆喰が剥げ落ち、土壁がむき出しの見るからに廃墟同様なものも少なくない。
この街並みを見て唖然とする観光客も多い。
この町を歴史的観光資源としてどうして整備しないのか不思議に思うが、行政も地域住民にもその気はないように思える。
整備すればインバウンドが押しかけるだろうが、没落したのは家ではなく地区だから、暮らしにはさしたる弊害もないのである。
ただ好きな人間には、その敗残零落ぶりがたまらなくいいのである。見ていてシビれるのである。
薄暮の頃にその街並みを歩いていると、その仮借なき歴史の寂寥感に打たれるものがある。
それを「落魄趣味」というのだろう。
終の棲家にこの地を選んだ理由は更科、姨捨という土地への憧憬と、この稲荷山宿の零落ぶりにたまらない魅力を感じたからである。
付近には多くの古墳群が点在し、平安の歌枕の地から江戸明治とつづく長い歴史の地層が堆積した土地柄なのである。
老人にとってこんな情緒的で素敵な散歩道がほかにあるだろうか。

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