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元「フライデー」名物記者・新藤厚(右翼)の続・貧困記 第9回「立夏」

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新藤厚 1951生まれ(73歳)
1971年 週刊誌記者
79年~84年 テレビレポーター (テレビ朝日・TBS)
84年~99年 「フライデー」記者
99年~2008年 信州で民宿経営
2013年より生活保護開始(24年後半より脱出)

古い歌にあるように、この季節は残雪の「青い山脈」が美しい。
その北アルプスの斜面に代掻き馬や種まき爺さんの雪形が見えてくると、里では田植えがはじまる。
新緑のなか田も色づくと、まさに田園は初夏の風情である。
すでに夏日も何日かあったというのに、今年は寒の戻りで最低気温が2度3度という寒い朝がつづいたりもした。
畑の農作物は遅霜で、霜降障害が深刻だったらしい。
そういうことは、いつもの温泉で年寄りの世間話を聞いていて知る農業事情である。
なるほど自然相手の百姓渡世も大変だなあ、と思う。
立夏を過ぎてもわがプアハウスでは、いまだに朝はストーブを焚く日がある。
老人は体温調節が苦手だから惣別、寒がりである。
だから爺も婆も年中、首元に手ぬぐいやら何かを巻いている。
寒冷地というのは年に8カ月も暖房器具を片付けられない土地をいう。
地球温暖化で日本も夏と冬の二季になったから、なおさらである。
東京から信州に移住した人間がまず痛感するのは関東の温暖である。東京という土地のうらやむべき暖かさである。
それが夏になると、信州の清涼は亜熱帯の帝都を見下して「様を見よ」とほくそ笑むのである。
移動の不自由な都会の人々は口惜しくても「住めば都」なんてエクスキューズで合点するしかない。

また一人クラスメートが死んだ。
クラスメートといっても昔の同級生ではない。
現在生徒数19名の火曜クラス、血液浄化センター(透析)の同級生である。
見るからに糖尿体形(肥満)のジイサン(といっても小生より年下)だったが、透析が終わっても具合が悪そうでいつまでもベッドから立ち上がれなかった。
気がつくとベッドは空のままで、姿を見なくなっていた。
長年通っている患者に聞けば、卒中で入院してすぐに亡くなったらしい。透析患者の死因はほとんど血管障害だという。
何度も書くが、70歳を超えて透析をはじめた患者の5年目の生存率は約5割である。半数の患者は5年以内に死ぬ。
そうか、5年後にはこの生徒たちの半分は死んでいるのか。
そう思って教室を見回すと、なにやらうら寂しい感慨がわく。むかしの夜間中学を思いだす。
死者の長い列が見えるようだ。勿論、その中にはわが顔も見えている。
といって、死を恐れているわけではない。
なあに2週間も逐電して教室をサボれば、尿毒症で確実に死ぬのである。
だから透析患者は必然的に「メメント・モリ」のなかで生きているのである。

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