筆者・田沢竜次(フリーライター)。1953年東京生まれ。編集プロダクション勤務などを経て1983年からフリー。85年『月刊angle』連載を基に『東京グルメ通信・B級グルメの逆襲』(主婦と生活社)を書き下ろし、また文春文庫の「B級グルメ」シリーズでも活躍。B級グルメライターとして取材・執筆を続け今日にいたる。一方、大学の映画サークルで自主上映するほど映画にも精通。著書に「B級グルメ大当りガイド」「ニッポン映画戦後50年」など。
先月、テレビ朝日の『ザ世代感』(土曜日22時~)という番組(昭和の映像を見ながら令和の世代があれこれ言う)を観ていたら、中野サンプラザの開業当時(1973年)のPRフィルムを放映していて、これがなかなか面白かった。中野サンプラザといえば最新設備のコンサートホールが話題で中野のシンボル的存在だったが、半世紀の歴史に幕を閉じたことでニュースにもなったっけ。ここはもともと陸軍憲兵学校の跡地で、全国勤労青少年会館として建てられたのだった。60~70年代は集団就職で上京した中卒の勤労青少年のための施設があちこちに創られた。講演会とか学習会で使う各地の勤労福祉会館などもそれだ。
中野サンプラザはネーミングも今風に(「勤労青少年」よりも「ヤング」を強調)にして、コンサートホール、ホテル、プール、ボウリング場、スポーツジム、オーディオルーム、図書室、サークル、「人生相談」まで、至れり尽くせり。ただスポーツジムの光景など、やってることがなんだかおかしい。令和世代がびっくりしたのは、オーディオルームに集まった若者たちが、みんなうつむきながらクラシックやジャズなどを聴いていることだ。まあ名曲喫茶やジャズ喫茶ののりなんだけどね。
ところでこの勤労青少年って今や死語かもな。青年労働者って言い方もね。臨時労働者もアルバイターとかパートタイマー、フリーター、派遣労働者とか。いやそもそも「青年」っていうのも聞かなくなってきた。かつて成人の日に合わせてNHKの「青年の主張全国コンクール」(1956~89)が毎年開催されていた。「青年」は真面目で前向きな感じがする。左翼の世界でも「民主青年同盟」とか「社会主義青年同盟」とかあって、労働組合も青年部が盛んだったけど、「青年ヤクザ」とはいわないし「青年犯罪」なんて言い方はしない。