アクセスジャーナル記者 山岡俊介の取材メモ

内部・外部告発、情報求む!

(弁護士などのプロが調査。ただし、公益性あるケースに限る)

木原事件――06年事件発生直後の大塚署捜査が潰れた理由

 木原事件につき、この間、本紙では、本紙並びに本紙YouYube版で独自見解を述べて来た。それが出来たのは、ディープスロート(米ウォーターゲート事件における重要な情報源人物の通称。転じて、重要なネタ元をこう呼ぶ)の存在あってのことだ。(冒頭写真=岸田文雄首相の8・14訪米に同行した木原氏。木原事件は、もう大丈夫ぶと判断した結果か)
ところが、これ以上は協力できないとの連絡がつい先日来た。
「私は『週刊文春』報道を契機に、再捜査されれば、遺族の無念が少しでも晴れるのではとの思いで情報提供して来た。だが、もはや再捜査はないことがハッキリしたからです。警察庁長官や警視庁捜査一課長の『事件性なし』の見解あってのこともそうだが、何より決定的と思ったのは、2006年の事件発生時の捜査が、上の判断で潰されていたことがハッキリしたからだ。公安絡みでもあり、それで突いたら本当に消されかねない。実は同じことに気づいた大手紙も、警察の報復を恐れて報道しないことを決めている」
今週は合併号のため、お休みだが、それは『週刊文春』も同様と見る。
そこで、本紙では2006年の事件直後のことを調べてみた。
何しろ、ひじょうに古い話の上、本紙のような零細マスコミは、なおさら裏取り出来ることは極めて限られるも何も、ほとんど不可能。したがって、推測の域を出ないものの、以下、本紙なりの見解を述べておく。
事件は2006年4月9日(日)午後10時ごろに起きた。
安田種雄さんの変わり果てた姿を父親が発見し、110番したのは『週刊文春』記事(8月3日号)によれば、翌10日午前3時過ぎとされる。
その前、『週刊文春』記事(8月10日号)によれば、木原誠二官房副長官の妻X子の父親=Zは事件当日の9日午後7時半、事件現場となったX子と種雄氏が暮らしていた家を訪問。また、同記事では、その夜、Zは大塚署に、種雄氏の家庭内暴力(DV)につき相談に行っていたと報じている。

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