アクセスジャーナル記者 山岡俊介の取材メモ

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教科書検定問題で訂正勧告を要求した山崎拓代議士の裏側

9月29日、沖縄戦で起きた住民集団自決について、教科書から日本軍の“強制”が削除・修正されたことに抗議する沖縄県民大会が開催された。約11万人(主催者発表)が参加。約8万5000人が参加した、95年の米兵による少女暴行事件に抗議する大会を大幅に上回った。  本土では小さな扱いだったが、地元では写真(上左は地元紙「沖縄タイムス」一面。横は同「琉球新報」一面)のようにトップの扱いだった。 “強制”は事実だろうから、当事者が怒るのは当然のこと。だが、その新聞(横)一面に山崎拓代議士が顔写真付きで“正義の味方”のように出ていたことには違和感を持った関係者も多いのではないだろうか。  前日、沖縄入りしていた山崎代議士は、山崎派所属の地元代議士・安次富修代議士(比例区)の激励会の席で、渡海紀三朗文科相(山崎派)と、大臣権限の教科書発行者への訂正勧告を行使することで十分話し合いをしたいと発言した。  だが、過去の沖縄での山崎代議士の行動を振り返れば、事情通の間では、とても本心から言っているとは思えないというのが一致した見方だからだ。  山崎代議士は沖縄の米軍普天間基地の移設問題でも、地元の辺野古沖出案と政府の沿岸案の綱引きがされていた微妙な時期に、地元の沖出案を支持し暗躍した。  当時、首相はYKKトリオとしてかつて朋友だった小泉純一郎代議士、そして自身05年11月、自民党安全保障調査会会長と沖縄振興委員長の両ポストに就任したことを幸いに動いたのだった。  だが、この微妙な時期に沖縄で露骨な政治資金集めパーティーを開催したことに小泉氏は激怒。山崎代議士の進言を退け、06年4月、滑走路を2つ造る譲歩(V字案)をしたものの沿岸案で地元と合意した。  当時、首相秘書官だった飯島勲氏は沖出案についてこう喝破している。 「環境、騒音、安全と言いながら、裏では埋め立て利権ですから。地元には埋め立てをして、カネが欲しい人たちがいるんですよ」  写真は、その後も地元が合意を反故にして沖出案に拘るなかの06年10月、山崎拓代議士を囲む夕食会(ただし中止に)の案内文書。  島袋名護市長は沖出に拘る地元首長。仲泊「東開発」(名護市)会長は島袋市長は元より仲井眞弘多知事にも影響力があるとされるフィクサー的存在。宮城氏は仲泊氏の出身地である東村の村長。荻堂名護市商工会会長(県商工会連合会会長も兼務)も仲泊会長には頭が上がらないと言われる。  山城氏は地元財界重鎮・呉屋秀信氏率いる「金秀建設」(那覇市)を中心とする金秀グループの幹部。安次富代議士は山崎派であることは前述の通り。照屋氏は山崎代議士の地元後援会「沖縄拓政会」事務局長(弁護士でもある)。  そして仲泊氏は「名護建設」(名護市)オーナーである上、埋め立ての砂利利権を握るなどしている。…

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