筆者・田沢竜次(フリーライター)。1953年東京生まれ。編集プロダクション勤務などを経て1983年からフリー。85年『月刊angle』連載を基に『東京グルメ通信・B級グルメの逆襲』(主婦と生活社)を書き下ろし、また文春文庫の「B級グルメ」シリーズでも活躍。B級グルメライターとして取材・執筆を続け今日にいたる。一方、大学の映画サークルで自主上映するほど映画にも精通。著書に「B級グルメ大当りガイド」「ニッポン映画戦後50年」など。
こないだ資料整理をしていたら、ずっと昔の雑誌の付録で1960年代頃の怪人プロレスラーを一覧にしたチラシのようなものを見つけて、しばし眺めて想い出に浸ってしまった。来日した怪人レスラーの最初の記憶は1961年のワールドリーグ戦に登場したグレート・アントニオだよ(通称「密林男」だって!)。
『少年マガジン』の写真特集だったと思うが、神宮外苑で大型バス3台(人が乗ってる)を鎖で引っ張るという怪力ぶりを見せつけた(見た目も毛むくじゃらで獰猛な面構えだった)。ところが肝心の試合になると力道山にボコボコにされ見かけだおしでガッカリした。あらためて検索してみたら16年後にも来日していて、何と室蘭でまたもバスを引っ張るんだが、今度はマイクロバス1台だったというから笑っちゃう。
続く1962年のワールドリーグ戦のハイライトはフレッド・ブラッシー(通称「銀髪の吸血鬼」)だ。これは金曜日のプロレス中継で観た(こちとら小学3年)。噛みつき攻撃でグレート東郷が血だるまになってモノクロでも凄い迫力だった(どこかの老人がショック死したという話もあったくらいだ)。このブラッシーは記者会見の場で、歯をやすりで研いでみせたりヒールぶりを見せつけるんだが、実は温厚な男で、日本人女性と結婚し、福祉の寄付とかもやっていたらしい。しかしあの頃のリングの上ではまさに極悪非道な吸血鬼そのもので、力道山も噛みつき攻撃で苦戦するシーンを今でも覚えている。
この60年代の怪人レスラーを並べてみよう。



