1998年7月、死者4人を出した「和歌山毒物カレー事件」があったが、その件ですでに殺人罪などで死刑判決が確定(09年)している林眞須美死刑囚(下右写真。59)の代理人として生田暉雄弁護士は「再審申立書」を出しているが(5月31日付で請求受理)、それとほぼ同一内容の書籍(アマゾンでも販売中。税込み1430円)。
本事件の死因はカレーに混ぜたヒ素とされるところ、林死刑囚は同じくヒ素を飲ませる複数の保険金詐欺事件を起こしており、本紙としてはその林死刑囚なら判決通りやりかねないと思っていた。
だが、本書は、その考えに根底から疑念を持たせる衝撃の内容になっている。
本紙がこの書籍を紹介する理由はそれだけではない。
生田弁護士と本紙・山岡は面識がある。
生田氏は大阪高裁判事まで裁判官を22年務めた後に弁護士に転じた方だ。また、『最高裁に「安保法」違憲判決を出させる方法』などの著書があることからも察せられるように国民目線に立ち、現在の裁判制度などにも物申す反骨の弁護士であり、その生田氏が代理人であり、本書を贈呈され宣伝を頼まれたからだ。
林死刑囚も、人伝に生田氏の存在を聞き、10年以上前から手紙で再審申立を頼んでいたそうだが、多忙のため応じられず、昨年9月、大阪拘置所で面談し、やっと今回の申立にこぎ着けたという。
そして、その再審申立書のなかで、生田氏は林死刑囚は「明々白々に無罪である」と断じ、この事件の捜査、裁判を「出鱈目」と厳しく批判している。どういうことか?
当時のマスコミ報道の記憶から、我々はこの事件、死因は「ヒ素」と思っている。
ところが、当時のマスコミ報道を検証すれば明らかだが、当初、死因は青酸化合物(シアン)とされ(横左写真=「毎日」98年7月27日)、その後、ヒ素に変わって行った。亡くなった4人を検視した医者はいずれも死因をシアンとし、警察もそれに従いマスコミに情報を流したからだ。
4人の死者を含めた被害者67名全員からシアンとヒ素が検出されていた。トリカブト殺人事件(1986年)では、フグ毒も併用して毒性の発現を遅らせ捜査を混乱させていた。以降、毒物犯罪でそうした併用は常識化傾向にある。だから、真犯人は両方の毒を入れた者だという。
結論からいえば、しかしこの真犯人は“大物”であることから、捜査は保険金詐欺をして社会受けする林死刑囚に向かったと。
これだけなら、本紙とて今流行りの陰謀論を疑う。
だが、林死刑囚とシアンとの関連は皆無。また、そうなると最も信用性、証拠力が高いのは死亡時の解剖結果、死亡診断書、死体検案書だが、それらは死因をシアンとしているから使えない。そこで死亡から2カ月半以上も後に新たな死体検案書を作成、それに死亡時に検視した医者4人の供述書を作成し、それを証拠にしているという。そして、その新たな死体検案書では死因がヒ素に。また、医師4人の供述証書は「ヒ素含有量」と題する根拠不明の一覧表を検察官から見せられた結果、同じく死因はヒ素と変更されているという。
そうすると、この新たな死体検案書は虚偽公文書であり、証拠能力は皆無となる。また、医師4人の供述証書は「ヒ素含有量」と題するものを見せられて、その通りならヒ素で死んだのでしょうという専門家の意見書に過ぎない。
それどころか、そもそも死体検案書は医師自らが検案しないで交付してはならないとしており、2カ月半以上も後に死体を改めて検案できるわけがないから医師法24条1項違反であるという。また、死体検案書の変更をする場合、医師は厚労省に届け出義務があるが、これもされていないという。
なお、林死刑囚は09年7月に別の代理人弁護士で再審請求申立をしていた(和歌山地裁は17年、大阪高裁は20年に棄却で最高裁に特別抗告)。だが、今年6月24日に取り下げていたことがわかっている。