アクセスジャーナル記者 山岡俊介の取材メモ

内部・外部告発、情報求む!

(弁護士などのプロが調査。ただし、公益性あるケースに限る)

<新連載>元「フライデー」名物記者・新藤厚の「往事茫々日記」第6回 「野村秋介自決と日産労働貴族」

 また今回も手を抜く。前回に引き続き「コピペ」記事である。他に書いたものの使い回しである。老人のやることは「燃費」がいい。相変わらず抑鬱症状がすぐれない。オリジンや創見など思いつく脳の働きが低迷どころか、ほとんど死んでいる。鬱惚けのままだ。しかし、いくら世間から「ぐれて」ひっそり隠遁しようと石油ストーブは生活に必須なのだ。灯油代からは逃れられない。そんな「小遣い稼ぎ」というインセンティブで贅言を記す。消費者マインドでものをみる読者には不要の長物である。こんな与太は飛ばしていただきたい。
「恨みと羨望と嫉妬と後悔にまみれた人生も味わい深いのではないかと思う」ーー中島義道は『不幸論』で書いている。大森荘蔵はいう。「世界は刹那滅的なのである」と。老爺の枯淡は理想である。だが独り身の老人は屈託を抱え韜晦の気分に沈んでいる。貧寒老人の「たずきの道」もまた険しいのだ。
 最初に先日読んだ内田樹の『武道的思考』から「目から鱗」の“達見”を紹介する。本はもう図書館に返却してしまったのでうろ覚えで少しあやしい。いまや「オジサン思考」のアイコンとなった内田は「日本がこの半世紀で失ったものは“負ける作法”と“たしなみ”ではないか」という。たしかに昔、少年期に「戦争に負けてよかった」という言葉を話す大人は少なくなかった。いま日本は「アメリカの属国という悲しみと恥を国民的に共有している」。そして内田はいうのだ。「日本のけして口にされない“国是”は、またアメリカと戦って“次は勝つこと”である」と。普天間も尖閣も「尊皇攘夷」論で読み解く情理をつくした理路は例によって痛快きわまりない。
「ピース缶爆弾真犯人」牧田吉明がらみで「土・日・ピー缶事件」の冤罪被告だった知人から連絡があった。「あの事件は仙谷が実質的弁護団長だった。記憶力といい法理論といい優秀な弁護士だったが、時々酒臭い二日酔いで法廷に立っては検察側の証人をボロクソに罵る。で、裁判官に注意されるとすぐ殊勝に謝る。いまと変わってないな。代議士になった頃までは昔の新左翼の会合にも顔を出しては〈俺は全共闘だ〉って元気がよかった。フロントだったからね。総会屋の小川薫とも親しくて〈お前も総会屋になれ〉なんて冗談を言われたこともある。いまや完全に“赤い小沢”だね」。
蛇足ながら、この「警視庁公安の汚点」ともいえる「フレームアップ事件」の被告には公明党代議士の息子などもいたが、A級戦犯である担当の東京地検公安検事はのちの公明党代表である。それは「いかんざき」と大いに嗤っていい。
「長枕」になってしまった。霞んだ記憶から「過去」を逍遙していくつかのトピックを記そう。

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