筆者・田沢竜次(フリーライター)。1953年東京生まれ。編集プロダクション勤務などを経て1983年からフリー。85年『月刊angle』連載を基に『東京グルメ通信・B級グルメの逆襲』(主婦と生活社)を書き下ろし、また文春文庫の「B級グルメ」シリーズでも活躍。B級グルメライターとして取材・執筆を続け今日にいたる。一方、大学の映画サークルで自主上映するほど映画にも精通。著書に「B級グルメ大当りガイド」「ニッポン映画戦後50年」など。
やっと見ました。今年最大の問題作、若松孝二監督の『キャタピラー』。映画そのものについては、書きたいことも多々あれど、当コーナーとしては、注目されている作品や現象から喚起される「こだわりの昭和」について書かなくてはならない。
そこで『キャタピラー』からまず連想するといえば、そのものずばり江戸川乱歩の短篇小説『芋虫』だが、同時に映画を観ながら甦ってきたのが、山上たつひこのマンガ『光る風』のあるシークエンスであった。
山上たつひこといえば、ある世代以上はまず『がきデカ』であり、『喜劇新思想体系』など1970年代を代表するナンセンス・ギャグマンガの鬼才といったところ。90年代以降は、小説家としても活躍する。『光る風』は、メジャーではまだ無名に近い存在だった1970年に『少年マガジン』に連載され、こちとら(高校2年)も、同時進行で毎週わくわくしながら読んでいたのだった。
70年当時のマガジンは、急速に「大人化」していた頃で、表紙から特集記事、マンガまで小学生が楽しめるようなものではなかった。そんななかで、ひときわ光っていたのが『光る風』だったのだ。
物語の背景は現代のような近未来のような架空の日本、そこは治安管理と監視が行き届いた軍事独裁国家で、反体制分子は殺されるか拷問・監禁を覚悟しなければならない。陸将の父をもつ主人公・弦は、そんな体制と家族に反逆し、波乱の人生を送るのだが、兄のほうは軍人として戦地に派遣され、両手両足を失って家に帰ってくる(原因が爆弾などではなくて、味方の米軍が開発したBC兵器による事故だということが、テーマともからんでくるのだが)。