筆者・生田哲(薬学博士)
1955年生。東京薬科大学卒。がん、糖尿病,遺伝子研究で有名なシティオブホープ研究所、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)などの博士研究員を経てイリノイ工科大学助教授(化学科)。
今回の事件、そしてわが国でも少年や青年による凶悪事件が後を絶たない中、さまざまな動機等が出ているが、筆者がつい先日出した『インフォドラッグーー子どもの脳をあやつる情報操作』(PHP新書)は、テレビゲームが覚せい剤同様、脳内ドーパミンを大量に放出、ゲーム依存症にさせ、脳と心に深刻なダメージを与えることがあるとの説を取り上げ、大きな反響を呼んでいる。
コロンバイン高校射事件犯人を「殉教者」と称えていた犯人
2007年4月16日、ふだんは静かなバージニア工科大学のキャンパスで、突如として乱射事件が発生した。合計32人もの犠牲者を生み全米で最大規模 の乱射事件となった。
犯人のチョ・スンヒは同学の学生で23歳。事件の経過はこうだ。彼は、午前7時15分、寮の4階で2人を射殺した後、自分の寮にもどる。そして、近くの郵便局で犯行声明のビデオの入った小包をNBCニュースあてに送る。
午前9時45分、寮から校舎に移動し、授業中の2階の教室をまわり、銃を乱射する。30人を射殺した後に、自ら命を絶った。
死んだふりをすることで惨劇から生き残った学生の1人は、「犯人はなんの表情もなく、うつろな目で撃ちまくった」と語る。
小包に入っていた声明ビデオには、自分のように「弱くて無防備な人々」を犯し、辱め、いたぶってきた「キリスト教の犯罪者たち」に報復を誓っている。
また、犯人は裕福な学生も気に食わなかったようで、「おまえらは欲しいものは何でも手に入れる。ベンツだけじゃ足りないって? 金のネックレスじゃ不満か?」などと罵倒している。
そしてコロンバイン高校乱射事件の犯人「エリックとディラン」の名前をあげ、「殉教者」とたたえてもいる。彼は、8年前に発生したコロンバイン高校乱射事件の影響を強く受けていたのである。
1989年4月20日、コロラド州デンバー郊外のリトルトン市という静かな住宅地にあるコロンバイン高校で銃乱射事件が発生した。同校のカフェテリアで、2人の男が、突然、ライフルの乱射をはじめた。2人は、同校2年生のエリック・ハリス(18歳)とダイラン・クレボード(17歳)。彼らは生徒12人と教師1人の合計13人を殺害、さらに23人に重傷を負わせた。犯行後ふたりとも銃で自殺した。
(写真=「毎日新聞」4月17日夕刊)
抗うつ薬SSRIを服用
コロンバイン高校乱射事件で注目すべき点が2つある。まず、最初は抗うつ薬SSRIの服用である。
犯行のリーダー役とされるエリックは、事件の1年前の1988年4月から翌年3月までに合計10回、医師からSSRIのルボックスを処方されていた。
そして解剖によってエリックの体内から大量のルボックスが見つかっている。彼は間違いなくSSRIを服用していたのだ。
一方、もうひとりの犯人ダイランについては医学的な記録は封印されたままであるから、薬の服用の有無、あるいは、どんな薬を服用していたのかは不明である。しかし、彼はエリックといっしょにキレやすい少年を対象にした「怒りのマネージメント・クラス」の受講生にひとりであった。そして「怒りのマネージメント・クラス」の参加者のほぼ全員が抗うつ薬を服用させられるのが現状であるから、ダイランもSSRIを飲んでいた可能性が極めて高い。
SSRIは「うつを改善する」という触れ込みの抗うつ薬で、アメリカでも日本でも飛ぶように売れている。その代表が、プロザック(日本では販売していない)、パキシル、ゾロフト、ルボックスである。
SSRIを一言で表現するとこうなる。「脳内のセロトニン不足が原因で鬱病が起こるという仮説(セロトニン仮説)にもとづき、脳内に存在するセロトニンをより効率的に使うための薬である。
要するに、うつは、脳の興奮が不足した状態と考えられるから、セロトニンをより効率的に使うことで、興奮の程度を少し高めてやれば、うつは回復するという仮説なのである。
SSRIの錠剤を口に含むと脳が興奮し、眠気が消える、エネルギーに満ちた気分になる、爽快感があるなどのプラス効果があらわれるのだが、その一方で、不安になる、動揺する、落ち着きがなくなる、イライラする、うつや自殺願望を引き起こす、人を暴力犯罪にかりたてるなどがあげられる。この詳細は拙著「うつを克服する最善の方法」(講談社+α新書)で述べた。
SSRIが暴力を助長したと思われる悲惨な事件はこれまで報告されただけで、すでに1000件を越えているのである。
SSRIの作用も副作用も覚せい剤とほぼ同じなのは、脳を興奮させるしくみが両者でほぼ同じなのだから、当然の結果というほかない。SSRIは脳を異常なまでに興奮させる危険な薬であり、うつの治療に使うべきではない。