山口県光市の母子殺害事件で、犯行当時18歳だった大月死刑囚(旧姓・福田。31)の実像に迫ろうとした著書=『福田君を殺して何になる』(増田美智子氏=下左写真=著。出版・インシデンツこと寺澤有氏=下右写真)の著者と出版元に対し、大月死刑囚が、少年法61条に違反し、実名を記すなど人権を侵害されたとして、出版差し止めと約1300万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が5月23日に広島地裁であった。
植屋伸一裁判長は出版差し止め請求については棄却したが、損害賠償請求については著者側に計66万円の支払いを命じたことから、大手マスコミ報道では「実名本著者の取材指弾」(「読売」5月24日)とのタイトルを付けるなど、著者側に厳しい報道もあった。だが、これまでの経緯や判決文を吟味してみると、実質、著者側の完全勝訴といってもいいのではないか。(ただし大月死刑囚、著者側共に控訴)
というのは、この訴訟、大月死刑囚の出版差し止め、慰謝料請求を成す根幹部分は「実名」で、しかも出版の際は事前に「原稿を見せ承諾を得る」ことになっていたのにその約束を破られ、結果、世間に知られたくない事実を明かされ精神的苦痛を味わったり、社会復帰する上で支障を来したという主張だった(死刑確定は今年2月。出版は09年10月)。
ところが判決では、「実名」に関しては承諾を得ていた(+出版時28歳であり、すでに死刑確定)、「原稿を見せ承諾を得る」に関してもそのような約束があったとは認められないとしたからだ。
では、なぜ判決は計66万円の支払いなのか。
この内訳は著者と出版元に共同して33万円、著者に22万円、出版元に11万円。
まず33万円については、大月死刑囚の中学卒業時の写真、それに大月死刑囚が著者に宛てた手紙1通の写真を載せ、その内容を本文で公表したこと。その分まで大月死刑囚の承諾を得てなかったからだという。次に著者の22万円は、前出の手紙を週刊誌に提供し写真掲載されたこと。そして出版元の11万円は、インシデンツのHPに大月死刑囚が胃潰瘍で吐血といった2件の記事を実名掲載したことが問われた。(横写真=判決文)
だが、実名で本にするとの了解を得ていれば、付随する写真や手紙もOKと著者側が理解してもおかしくないし、著者の週刊誌への手紙提供も出版の宣伝になればと思ってのことだろう。またHPの記事も同様。
すると、今回の判決、裁判官は大枠において著者側に問題はないが、しかし、少年法61条(少年の時に犯した罪により公訴を提起された者について氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等、本人を特定できるものを出版物に掲載してはならない)の原則の手前、政治的思惑から、全面勝訴にするのはマズイと無理矢理一部損害賠償を課したとも思える。
以上見て来ると、大月死刑囚の提訴はほとんど嫌がらせ(スラップ)だったとも思えて来る。著者側が反訴していたのもそうした思いがあったからだろう。
もっとも、ここで注目していただきたいのは、この反訴の相手は大月死刑囚だけではなかったという事実だ。安田好弘弁護士を始めとする大月死刑囚の弁護団3名に対してもなされていた。
いまにして思えば、今回の提訴、大月死刑囚というより、彼の弁護団の意志と思わないわけにはいかない。