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田邊勝己弁護士恐喝事件ーー田邊弁護士と、20年来の密接交際相手だった主犯・石坂幸久は父親の紹介で知り合っていた

 前回、田邊勝己弁護士(57。冒頭左写真。「カイロス総合法律事務所」=東京都千代田区平河町=代表。ただし、田邊弁護士は大阪弁護士会所属)と、今回の恐喝事件の主犯である指定暴力団・稲川会の三本杉一家(東京都渋谷区)元組員で、その稲川会系右翼団体・大行社構成員の石坂幸久(51)の会話内容を紹介した。 今回事件においては、当然ながら、田邊弁護士が被害者であり、石坂は加害者の立場。しかし、そもそも2人は20年以上密接交際をしていた。また、今回の恐喝の証拠とされる2人の会話内容は、まさに逮捕してくれんといわんばかりの石坂が田邊を終始脅すものであり、要求額も当初6億円、ほどなく田邊弁護士も3億5000万円支払うと約束するなど金額をハッキリ述べるプロの犯行としては信じがたい内容だった。そして、これほど脅し、田邊弁護士自らがすぐ500万円だけは払うと言い、実際、石坂の銀行口座に振り込まれたことから、石坂らが恐喝未遂だけでなく恐喝にも問われたわけだが、田邊弁護士はなぜか石坂の罪を減じてくれるように「嘆願書」まで書いてあげていた。 こうしたことから、本紙は事件が作られた可能性もあると見ているだが、この証拠の会話のなかには、さらにこんな不可解な内容もあったとされる。 2回目の昨年11月26日の会話において、石坂が「俺はあんたのことは嫌いだけど、あんたの親父には借りがあるから」、「助けてもらったことがあるから」旨、言っているという。 なぜ、こんな話が出て来たのかと思ったら、複数の関係者によれば、そもそも石坂と田邊弁護士は、田邊弁護士の父親の紹介で知り合ったという。そして以来、20年以上つきあっていたそうだ。 ところが田邊弁護士、昨年、増資引受で「アクロディア」(3823。マーザーズ。東京都渋谷区。上写真は株価チャート。石坂は風説の流布で株価を下げると脅したとされる)の筆頭株主になったことから、反社会勢力と連んでいてはマズイということで石坂を遠ざけたとされる。被告の「週刊報道サイト」発行人・佐藤昇(冒頭右写真)も同様で、これが今回事件の動機に繋がったようだ。 それにしても、父親が田邊弁護士に石坂を紹介した当時、彼は現役の暴力団組員だったはず。なぜ、父親はそんな人物を田邊弁護士に紹介したのだろうか。 結論を先にいえば、そもそも父親自身が、反社会勢力の者、それも石坂と同じ稲川会とつきあいがあったからだ。 まずは、横の会社謄本の役員欄をご覧いただきたい。 そこにある「田邊良」が、田邊弁護士の父親だ。 謄本によれば、父親はこの会社の代表取締役を87年5月から90年7月までやっている。 このゴルフ場開発会社「岩間開発」(茨城県岩間町。現・笠間市)のオーナーは、わが国3大指定暴力団の1つ、稲川会のトップ、石井進会長(当時。故人)がオーナーだった。 この岩間開発の名が全国紙に載り、一躍注目されたのは92年。石井会長が「東急電鉄」の仕手戦を仕掛けたものの失敗。その取得資金総額362億円の担保になっていた東急電鉄株などの名義が、債務を肩代わりした岩間開発に書き替えられたためだった(95年、この所有株を東急電鉄が買い戻す。また、この間、暴力団トップに電鉄株が買い占められたということで国会でも取り上げられた)。 また、02年にも岩間開発の名前は新聞紙上に登場する。(上写真の図=連載「金まみれ平成ニッポンの怪紳士」第2回。『週刊現代』91年9月28日号記事より) 田邊弁護士の父親の後、同社代表に就いた桑原芳樹氏が、「志村化工」(現。エス・サイエンス。東証1部)の株価操作容疑で東京地検特捜部に逮捕されたからだった。 この際、桑原氏は「川崎定徳」の元番頭格と紹介されていた。 川崎定徳とは、旧川崎財閥の資産管理会社で、元社長の佐藤茂氏(故人)は、様々な経済事件への関与が指摘され“フィクサー”と呼ばれていた。 さて、もう一度、上記謄本をご覧いただきたい。その佐藤氏が、田邊弁護士の父親と仲良く岩間開発の共同代表に就いていたのだ。 なお、桑原氏は現在も活躍中で、後藤忠政・後藤組元組長が長らく実質、オーナーといわれたJR新宿駅南口の「真珠宮ビル」跡地(昨年2月、「イーストシティ合同会社」に所有権移転されている)の売買交渉では、桑原氏が後藤氏の代理人をしていた。…

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